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【新・関西笑談】イチゴショートは正方形(2)フランス菓子職人 高杉良和さん(産経新聞)

【新・関西笑談】イチゴショートは正方形(2)フランス菓子職人 高杉良和さん(産経新聞)

 ■震災きっかけにスタジアム勤務 イチローのおにぎりも作る。

 --この世界に入って何年ですか

 高杉 37年です。広島の高校を卒業して、大阪キャッスルホテルの料理部門に就職したんです。

 --フランス料理からスタートしたんですか

 高杉 ええ。洋菓子に進むきっかけは当時、ホテルプラザの製菓料理長だった安井寿一さんとの出会いでした。

 --関西の多くの洋菓子職人が師と仰ぐ伝説の人物ですね

 高杉 入社6年目のころでした。安井さんに「グランシェフ(総料理長)になりたいなら、菓子もしっかり勉強しなさい」とアドバイスされ、菓子づくりに励むようになりました。その後、神戸のホテルシェレナから「製菓料理長として来てくれないか」と誘われ、お受けしたんです。

 --おいくつのときですか

 高杉 34歳です。

 --当時としては早かったのでは

 高杉 ぼくのキャリアは10年。でも、部下はキャリア16年だった。

 --料理からお菓子に進んだことは良かった

 高杉 料理に合わせてデザートを出すことを学べたことは大きかったと思います。パンは、パンだけ独立してあるのではない。その日の料理に合わせて種類は変わる。じゃあ、シャーベットなら何でもいいのか。旬の果物を組み入れてつくるべきです。ところが、当時は料理主体でいく。言葉は悪いがデザートは適当で、軽んじられていた。国際化が叫ばれて外国人が多くやってくる、飽食の時代に日本人の舌が肥えてきた。作り手がいつまでも、そんな意識でいいのかと疑問に思っていました。

 --お菓子を作る人の地位は低かったんですね

 高杉 料理人のほうが上でした。安井さんは、おそらく関西では初めて「製菓料理長」というポストに就いた人だったと思います。

 --ホテルシェレナが高杉さんを製菓料理長に抜擢(ばってき)したことも画期的なことだった

 高杉 ええ。でも、最初の名刺の肩書は「ディレクター」でした。それが「製菓担当ディレクター」に変わり、「製菓料理長」になりました。「なんで製菓が料理長なんや」と言われたもんです。しかし、そこには製菓も料理に含まれるんだという主張があった。「あいつは肩書が好きなんだ」という人もいましたね。

 --製菓料理長として実績をあげていく中で、あの阪神・淡路大震災が起きました

 高杉 ホテルシェレナはグリーンスタジアム神戸(現スカイマークスタジアム)にレストランを出していました。本体のホテルは損傷が激しく再開が難しかった。そこでスタジアムに勤務しました。あのイチロー選手(当時、同スタジアムを本拠地にしていたオリックスに在籍)のおにぎりを作っていたんですよ。具を入れて一個70グラムと決まっていた。絶対70グラムを超えてはならない、69グラムでもだめでした。

 --高杉さんのおかげで今のイチローがある(笑) (聞き手 安東義隆)

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